【葛藤編】
先月の中旬、おれは仕事で九州に行く事になった。本来はおれと同僚の二人で先方にお会いする事になっていたのだが、同僚が前日に新型インフルに感染しくさりやがり、おれは「延期すべき、つうか延期しなくてどうすんだ?」と我がボスにお願いしたが聞き入れられず、おれ・・・いやむしろダメオヤジ一人で先方にお会いすることになった。
先方は韓国の方で、二人で来日する予定だと言う。で、彼らは韓国語の他に一人は英語、もう一人は英語とある程度のドイツ語が話せるらしいので、おれと一緒に行く筈だったのに、直前でインフル野郎と化した同僚は日本語と英語が出来るしフランスだかドイツだかのケトウの言葉も多少は喋れるので安心していた。だが日本語すら覚束ないレベルのおれに、知っている英単語なんか「フリー・セックス」くらいしか知らないおれに、「ドイツの特産品は?」と聞かれたら「ブロッケンJr!!」と即答するおれにだ、我がボスは一人で行けと言う。
おれのダメっぷりをナメているしか思えないボスの灰皿にカリカリ梅の種を吐き出したおれは、秋の風を感じながら羽田へ向かった。
【出遭い編】
「余り気温は変わらないなぁ・・・。」そうひとりごちたおれは、九州の空港という慣れない場所で韓国人二人連れを探す。
というか、予想以上に韓国やら中国やらのモンゴロイドが多く、これはもう目印に頭にキムチを載せてくれなきゃわからないぞ、おれも頭に納豆載せるからさぁなんて思っていたら、おれと同年輩の一人のアジア人男性から英語で話しかけられた。
「人違いです」って英語で何て言えば良いんだろう?と考えていたら、その男性がおれの名字を言っている事に気付いた。
おお、この人が!!と思ったおれは日本語で「○○さんですか?」と聞いた。
彼は優しそうに頷いた・・・。
【迎合編】
さて、困った。
身振り手振りで喫茶室に入ったは良いが、彼が何故一人なのか?どうやってコミュニケーションをとればいいのか?おれが日本語しか話せないのを知ったら怒るんじゃないのか?むしろおれが悪いのか?おれは一体何なんだ?おれをクソ虫と呼んでくれるのか?などと色々考えていると、彼はおもむろに辞書の様なものを取り出し、日本語の単語で話始めた。
まぁそんなこんなで結局お互いノートPCにメールを送り、それを翻訳に掛けて会話することに成功した。
仕事の話は実に約2時間ほどで終了したが、彼とおれは誕生日が同じで年齢は彼が1つ上だったが、血液型と身長が同じという共通点を持つこと。
一緒に来る予定の同僚がインフルエンザで腐れていること。
そして野球とバレーボールが好きで相撲も好きだという点でも一致した。
いや、本当に良かった。気詰まりの緊張に耐え切れず、もう少しで代理対馬争奪戦争を起こしてしまいかねなかった。そしておっさん二人は博多の街へと繰り出した・・・。
【応援編】
折角日本に来たので、大相撲観戦でもと思ったのだが、彼の好きな春日王は今場所ダメだろうし、今場所はたぶん白鵬だろうと
思い、グラチャン女子バレーを観に行った。実はこれはインフル野郎と行こうと考え、2席確保していたのだが、無駄にならなくて良かった。
この日は日本はドミニカ戦、韓国はタイと対戦する事になっていた。まず日本が負けることは考えにくいし、韓国は比較的タイには強いし、韓国がこの大会で勝てるとすればタイだけなのでそこに賭けた。
結果、韓国は見事大接戦の末、タイを降し、大会唯一の勝利を飾った。
が、日本は負けた。ドミニカに。
【微妙な空気編】
会場を後にした我々はとりあえず寿司屋に入り飯を食べた。
おれは自分では努めて明るく振舞ったが、彼が気を遣っているのがアリアリと分かった。
彼は初めてバレーを生観戦した上に母国のチームが勝ったのだ。更にキム・サネ選手に手を振ってもらっていた。そりゃ顔もほころぶよな、笑いたければ笑うが良い、だがな笑った瞬間にこのヒラメはお前の鼻の穴に入っていると思え!などとネガティブな事を考えていると、彼は思い出したように紙袋を取り出し、おれに手渡した。
中にはチャンジャなどの珍味詰め合わせ瓶セットが入っていた。
もう、おれは抱かれてもいいと思った。だってチャンジャが好きだから。
【別れ編】
出会いには必ず別れがある。使い古された言葉だが実にそのとおりだ。
朝の空港で握手をし、「今度はアメリカでお会いしましょう」と一夜漬けの英語でおれが言うと、彼も英語で何か言ってきたが残念ながら、おれには彼が何を言ってるのか分からない。
来年の夏に同じ目的でアメリカに出張することも何かの縁だろう。
東京に向かう飛行機の中、おれは早くこのチャンジャを熱々の白飯にのっけて食うことしか頭に無かった。
だから空港に大事なデータの入ったノートPCを忘れた事も、東京に戻るまで気付かなかったのだ。
終
by 商人LV・6
小沢幹事長の「差別」発言